H24年度 - ドイツ・ユーリッヒ研究所滞在報告

福島 鉄也



 ドイツ・ユー リッヒ固体物理学研究所に滞在し Peter Dederichs教授、Phivos Marvopoulos博士らと共同研究を行っていたので、その報告も兼ねてユーリッヒ研究所の紹介をしたい。
 日本で第一原理計算を行っている研究者にはユーリッヒという名前は馴染み深いであろう。それぐらいユーリッヒ研究所との交流は盛んである (JST-DFGプロジェクトや先端拠点事業等)。ユーリッヒはアーヘン、ケルン、 デュッセルドルフの三つの都市が作る三角形の内部に位置している小さな 町であり、フランクフルト空港から電車でケルンを経由しユーリッヒにくると「なにここ?」と思うぐらい何にもない田舎で驚かされる。しかし、ユーリッヒは素朴で自然豊かなとてもよいところで、研究に集中するにはもってこいの場所である。 ユーリッヒにもちゃんとした名物があり、代表的なものがビート(砂糖大根)と石炭の露天掘りである。町中を大量にビートを載せたトラックが砂糖工場と畑を往復しビートを道路にまき散らしているのがよく目につく。また石炭の露天掘りのスケールの大きさに大変驚かされる。もの凄く大きな重機が石炭を掘り起こし、 そのまま石炭がベルトコンベアですぐ近くにある発電所に送られ火力発電の材料として使われている光景は圧巻である。
 また、この町は外国人研究者とその家族が多く生活しているせいか英語が通じる。パン屋でサンドイッチを作ってくれる年配の方達も朝の挨拶を英語でしてくれるのは本当に感動した(筆者は2年間イタリアの片田舎で研究生活を送っていたが、町中ではまったく英語が通じず困ったものだ)。
 ユーリッヒ研究所は1953年に設立され約60年間の歴史がある。町外れの森の中(野生の鹿やリスも生息している)に位置しており、所内では約4000人の国内外研究者?職員が研究活動を行っている(日本人研究者も現在10人近く在籍)。以前は原子力研究で有名であったが現在は原子炉が撤去されているようである。それよりもユーリッヒ研究所が世界的に有名になったのは2007年のノーベル物理学賞を受賞した Peter Grunberg博士のおかげであろう。Grunberg博士によるFe/Cr人工格子における巨大磁気抵抗(GMR)効果(わずかな磁場の変化に対して大きな電気抵抗の変化する現象)の発見は、我々の生活を大きく変化させた。この発見を利用したGMRヘッドはHDDの記憶容量を飛躍的に向上させるために不可欠な部品であり、SSDが主流になってきている現在でも筆者を含む数多くの人がお世話になっているはずである。
 Dederichs教授のグループは密度汎関数法(DFT)を用いた電子状態計算手法の一つである Korringa-Kohn-Rostoker (KKR)グリーン関数法のプログラム開発を行っている世界で数少ないグループの一つである。研究室では二つのKKR コードが現在開発中であった。その一つはKKRflexコードであり不純物KKR法をベースにしている。この方法では大きなスーパーセルを用いることなく不純物の電子状態を効率よく計算することができ、実際に遷移金属表面に吸着した原子のノンコリニア磁性の計算等が行われている。
もうひとつのコードはKKRnanoである。このコードはオーダーN計算をアルゴリズムで実現することができる Screened-KKR (SKKR)法をベースとしている。SKKR法ではダイソン方程式を解く際に使用する参照系として指数関数的に減衰するグリーン関数 を用いることによりダイソン方程式をオーダーNで計算することを可能にする。KKRnanoコードは数万から数十万原子で構成されるスーパーセルでの電子状態計算が可能であり、研究所にあるIBM製のスーパーコンピューターBlue Jene(JUGENE)上でチューニングされている。KKRnanoのテスト計算として希薄磁性半導体(DMS)である (Ga,Gd)Nや(Ga,Mn)A等を平均場近似であるコヒーレントポテンシャル(CPA)近似用いることなく、数万原子のスーパーセル上での計算が行われていた。また今後はナノ超構造を持つ熱電材料の計算も行う予定で あるらしい。
筆者はKKRflexコードとconstrained-LDA法を組み合わせることにより、DMSの有効クーロン相互作用(Hubbard U)の計算を行い、またKKRnanoコードを用いてPhase Changed MaterialであるGe2Sb2Te5に磁性不純物をドーピングした系の大規模計算を実行し電子状態と磁性を解析した。


 研究所では度々誕生パーティーが開かれ、 ヨーロッパの習慣で誕生日を迎えた本人が主催するという日本と逆の形式に改めて驚かされ、昼食後にケーキを大量に食べることにさらに驚いた。休日にはハイキングやドライブに誘って頂き、研究以外でも本当に楽しい時間を過ごせたことに感謝している。